ドイツといえば。
オクトーバーフェスタ、ソーセージ、バウムクーヘン。
アインシュタイン、グリム兄弟、手塚治虫の「アドルフに告ぐ」。
ケストナーの児童文学。
中学校の担任の先生が、大学でドイツ語をとっていたということ。
(吐き出すような発音、と言っていたのを覚えています)
私にとってのドイツのイメージで、
ぱっと出てくるものはそんなところです。
そんなドイツについて書かれた本を読みました。
著者はドイツ語と日本語を使って創作活動をしています。
yokotawada.deタイトルの「エクソフォニー」とは、ドイツ語で
母語の外に出た状態のことをいうそうです。
移住や移民から、しかたなく母語とは違う言葉を使うのではなく、
服を選ぶように使う言葉を選ぶこと。
第一部は、「母語の外に出る旅」
第二部では、「実践編 ドイツ語の冒険」として、
聞きなれない言葉に身を任せること、
新しいシンフォニーに耳を傾けることが書かれています。
様々な国を訪れた著者が体験して、感じた出来事の中で、
言葉は壊れていくことでしか新しい命を得ることができない。
というところが印象に残りました。
以前、どこかで
インターネットがなかったら、「検索」という言葉は
図書館での「蔵書検索」くらいでしか使われない、
マイナーな言葉だったんじゃないか、という文章を読みました。
もともとの意味から離れ、新しい言葉が生まれるのは
それまでになかった今を生きているからかもしれませんね。
違う言葉どうしの接点や、思わぬところでの発見もおもしろく、
間を置いて何度も読み返したくなる本です。
www.comic-essay.com 馬車が現役で走る、田舎町での夫婦生活。
窓からアルプスが見える場所で送る日常が描かれています。
ドイツの食材で日本料理を作る
「白米からは逃げられぬ」も、最近発売されました!
この「ほのぼのドイツぐらし」の中で、
作者が個人的にかわいいと思うドイツ語として、
「クッシェルティア」という単語が紹介されていました。
意味としては動物のぬいぐるみのことで、
Kuscheltier と書きます。
tier、は動物。
Kuschel、は愛情をこめて体をよせる、みたいな意味があるそうです。
うん、かわいい。
家族でドイツで暮らして、妻が日本語で漫画を描いていて、というと
小栗左多里もそうですね。
www.comic-essay.com同じドイツとは言っても、
場所が違えば環境も違うし、まわりの人も違う。
もちろん描く絵も違う。
それぞれ違って、おもしろいです。
そして最近読んだ、印象的な本を。
ヴェラ・レーンドルフは、ドイツ初のスーパーモデル。
表紙のように自分の体にペイントを行い、背景と一体化します。
さびた鉄骨、こけむしたテーブル、崩れかけた壁など、
一体化する背景は、朽ちていくもの。
体の曲線と、他の何かの境目があいまいになり、
どこかに消えていくような気持ちになりました。
自叙伝があるそうですけど、翻訳されないかなあ。