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唐桃の読んだもの。

読んできた本や漫画を、徒然に紹介していきます。

妖怪が出てくる本を読みました。

京極夏彦の「鉄鼠の檻」コミカライズを(今日)知ったので、

それにちなんで今日は妖怪の本を紹介します。

 

 

この本では著者が生物学者なだけに、語られる理論は説得力満載で

一つの生き物としての妖怪がしっかりとイメージされます。

 

ろくろ首の首がのびるなら、その仕組みはどうなっているのか。

ゴムのようにのびるのか? それともじゃばら状になっているのか?

人魚やケンタウロスのような生き物は、人間部分とそれ以外の部分が

どのようにつながっているのか?

 

妖怪の生態について、現代の知識を使って解析していく一冊です。

プロが本気でつく嘘は、おもしろい。

 

 

 こちらは、70以上の妖怪を紹介するコミックエッセイ。

生活の中にある不思議と妖怪を結びつけて描いています。

すぐそばにある怪。

 

京極夏彦との関連で言えば、小説にも取り上げられていた

姑獲鳥や塗仏、五位の光なども登場していますよ。

 

本を読む本を読みました。

 

時間のかかる読書 (河出文庫)

時間のかかる読書 (河出文庫)

 

振り返る人はたいていの場合、「振り返っている自分」に酔いがちで、見ているほうは「勝手に振り返れ」と言いたくもなる。大事なのは「成長」だ。人はいつまでも子どもでいるわけにはいかないのだし、成長し、社会化され、それと引き替えにべつのものを失う。あたりまえじゃないか。

 

 横光利一の短篇小説「機械」を、著者が読む。

11年2ヶ月という時間をかけて、読みつくす。

その過程を描いた本です。

こんなにこの話を味わい尽くした人はいないんじゃないだろうか。

 

 

小説に限らず、創作物はなんでもそうだと思いますが、「読む」(あるいは「見る」「聞く」)という行為を終え、作品が心の中に入ってきてからがむしろ本番というか、するめのようにいつまでも噛んで楽しめる。

一冊の本を読むという行いは、ある意味では、そのひとが死ぬまで終わることのない行いだとも言えると思うのです。

 

こちらで対象となるのは、ドストエフスキーの「罪と罰」です。

まずは読まずに、うろ覚えの記憶をたよりに4人が語り、

読んだ後に語る。

読書の楽しみは、読むということが前提としてあるわけですが

そうではない楽しさもあるのだな・・・と、可能性を感じました。

 

また読み返したくなってしまいました。

 

ピアノを奏でる本を読みました。

小説を読む、ということは音楽を聞くことに似ているかもしれません。

 ページをめくるたびに言葉のイメージがふくらんでいき、

おもしろい本を読んだなあ、と満足して息をつきます。

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

 

 ある国際ピアノコンクールの参加者と、

その周りの人を語り手として紡がれる「神と遊ぶ」ための物語。

 

建築だったり、美術だったり、何かしらのよさが、

見ただけではわからなくても

説明された文章でわかる、ということがあります。

それは、その文章を書いた人とイメージを共有することだと思います。

ピアノの大会ですから、ここで扱われるのはクラシック、

私の中で確たるイメージのない分野なのですが、

聞いてみたいと思うのは、この小説の中で生まれたイメージが

素敵なものだったからかもしれません。

 

キャラがかわいい、物語が楽しいで読み終わっても

それはそれで楽しいのですが、

関連するものについても、もっと知りたいと思うのは

もっと好きになりたいからなのだと思います。

 

 

ビビビ・ビ・バップ

ビビビ・ビ・バップ

 

こちらの舞台は、21世期末。

音響設計士兼ジャズピアニストの主人公が

依頼された仕事から始まる、世界をゆるがす一大事。

 

ジャズについてはクラシックと同じく、ほとんど知らないのですけど、

くるくると変わる視点についていくのが楽しく、

スウィングとはこういうものなのかと思いました。

 

そして、著者の他の小説を読むとつながるところがたくさんあって

これも一つの変奏曲のように感じられました。

 この本と他の本が、未来と今が、他の場所と混ざり会う楽しさ。

 

 そして、ピアノの漫画といえばこちらも。

ピアノの森(1) (モーニングコミックス)

ピアノの森(1) (モーニングコミックス)

 

 世界は、音楽に満ちているのだということが

実感できた気がします。

昆虫についての本を読みました。

新しい発見をするたびに、情報は多様に変化していく。

秘密を解き明かすたびに、これまでのことが違っていた

ことに気づかされる。

だから、これまでに学んでいたことの上に学ぶのである。

 

ミラクル昆虫ワールド コスタリカ

ミラクル昆虫ワールド コスタリカ

 

著者は、未知の昆虫を探して研究を行う

「探検昆虫学者」として

中米コスタリカの森で研究を行っている人です。

 

この本は、そんなコスタリカで生きている

昆虫を紹介する写真集なのですが、これがまあ・・・すごい。

日本では見たことも、想像もしないような形や大きさ、生態や姿。

なにがどうしてそうなった、という不思議な気分は、これが

センス・オブ・ワンダーというものなのでしょうか。

 

 

で、こちらは日本での写真です。

アリの目 日記

アリの目 日記

 

アリの視点、つまり地上3ミリほどの高さから世界は。

タンポポの綿毛が見上げるほど大きく、

抜け殻の中からみる向こう側が奇妙にぼやけて、

霜柱は氷河になる。

それでも空は同じように青くて、背景は鮮明で、

だんだん大きいと小さいの感覚が曖昧になっていきました。

 

 

きのこについての本を読みました。

きのこって、いいですね。

食べておいしいのはもちろん、じっくり見るとフォトジェニックで、

作り物のような感じもします。

 

とくに、スーパーではほとんど見ないようなきのこなら、尚更です。

 

少女系きのこ図鑑

少女系きのこ図鑑

 

 この本は、著者が卒業製作として作ったものがもとになっているそうです。

やわらかな色で描かれたきのこと、そこに寄り添う少女。

少女ときのこ、というか少女がきのこ。

きのこをモデルにした傘やスカートは、実際にあるのではないかと思いました。

 

光るキノコと夜の森

光るキノコと夜の森

 

夜に光る生き物といえば、ホタルがまずあげられますが

光るきのこも、思ったよりたくさんの種類があるものです。

 

ブナの木に群生するツキヨタケ、やんばるのホシノヒカリタケ、

れんこんのような、穴が開いているかたちがおもしろいエナシラッシタケ・・・

でも、写真と実際に見るのでは違いがあるようで・・・

写真が良いほど、実際に目で見たときの光はどのようなものなのだろうと思います。

 

世界の美しいきのこ

世界の美しいきのこ

 

 

世界各国の、きのこのフォトジェニックさを感じられます。

どうしてこんなかたちなのだろう、という不思議さと、

そこはかとない不気味さ。

色で言えば、ベニヒガサの赤、ドクツルタケの白、タマゴタケの黄色。

形で言えば、砂糖菓子のようなシロホウライタケや、ぶわっと傘が広がるハナビラタケ・・・

 

きのこの世界も奥が深い。

いずれ、きのこ狩りにも挑戦してみたいものです。

 

鳥についての本を読みました。

北風も冷たくなってきたこのごろ、

もうすぐ2017年になると気づけば

毎度のことながら1年は早いものだと思います。

 

そういえば来年は酉年、今回は鳥についての本を紹介します。

 

太郎さんとカラス

太郎さんとカラス

 

私はときどき、この黒い鳥をじっと見つめる。

いつか、自分の魂を太陽のもとに運びかえしてくれる生きもの。

わが窮極の友である。

 

これは岡本太郎と、しばらく彼の身近にいたカラスの話を

写真と談話でつづった本ですが、

カラスと一緒に写っている写真はなんだかたのしそうで、

個人についてほとんど知らない私でも、

しがらみから解き放たれているような、という言葉は

こういう時に使うのか、と納得しました。

違う生き物であるけれど、だからこそ、どこかで

通じ合っているのではないかと思ってしまうほどです。

 

 

Niwatori―十二支 第十番 酉

Niwatori―十二支 第十番 酉

 

 表紙のような赤いとさかに白い羽のにわとりはもちろん。

羽が黒かったりまだらもようだったり、

目が青かったり赤かったり黄色かったり、

とさかが黒かったりと、

にわとりにも想像以上にいろんな種類がいるようです。

手のひらに収まるひよこは暖かいんだろう、

とさかはコリッとした歯ごたえがありそうだ、

あの鱗のような足や鋭い爪は爬虫類みたいだ、

生き物ってなんて綺麗なんだろう、と思いました。

 

それから土佐の特別天然記念物オナガドリは

尾羽が長く長くたなびいて

 こんな生き物が本当にいることに、不思議な気分になりました。

 

世界の美しい飛んでいる鳥

世界の美しい飛んでいる鳥

 

こちらは世界中から集められた、いろんな鳥の飛ぶ姿が見られます。

ホバリングしているハチドリ、ペンギンが水に飛び込む瞬間、

 孔雀が羽を広げるとき、求愛のダンス等々、

くちばしから羽の先まで、じっくり眺めたい写真集です。

金魚の本を読みました。

人ではないもの、生きていないものを生き物の形にしたりするのは

最近始まったものでもありませんが、この本もその1つでしょうか。

好きなサイトで紹介されていて、ずいぶん前から気になっていたのです。

蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (講談社文芸文庫)

蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (講談社文芸文庫)

 

「金魚はおさかなの中でも、何時も燃えているようなおさかななのよ。

からだの中まで真紅なのよ」

「何故そんなに、さかなのくせに燃えなければならないんだ」

「燃えているから、おじさまに好かれているんじゃないの」

 

老小説家の「おじさま」と赤い金魚と少女の狭間を行き来する

「あたい」が織りなす交流なのですが、お魚と人にしては

ちょっとなまめかしくて、人の男女だとするとちょっと幻想的で、

不思議な浮遊感がありました。

「おじさま」に安心しきっている「あたい」は、ブラック・ジャックを信頼する

ピノコに似た雰囲気があって、胸苦しい甘さを感じました。

 

で、金魚といえば・・・

こちらも、また読み応えたっぷりでした。

きんぎょ-kingyo- 新装版

きんぎょ-kingyo- 新装版

 

金魚のグラビアや、金魚が金魚として成り立つまでの歴史、

食器や絵や着物や、あちこちに使われている金魚の紹介に、

岡本かの子の「金魚繚乱」。

出目金やらんちゅうを見て、水中で輝くうろこやひらひらと揺れる尾を見て、

金魚は人によって作られた、

「かわいらしい異形」「愛でられるつくりもの」なのだとしみじみ思いました。

 

で、作り物+金魚といえば・・・

金魚ノ歌

金魚ノ歌

 

こちらは著者の作品を撮った写真集。

 樹脂の中を泳ぐ、絵の具の金魚には

生きていないものなのに、本物の動きを感じることができました。

いつか写真ではない、実物を見たいものです・・・