長崎駅に図書館が隣接していました。
ルビーは時間がたてばオパールになるものでした。
6本足の猫のような生き物と並んで歩いていました。
これらは私の見た夢に出てきたものですが、
夢の中では何が出てきても不思議には思わないことがほとんどです。
行ったことのない長崎駅から最寄りの図書館までは
1キロくらい離れているようですし。
そんな夢の一部を、客観視できるようにしたのがこちらです。
久住昌之「夢蔵―Dream Collection」
眠った脳の未知なる世界を「作品」化し、
いまだ解明されることのない「夢」の神秘に迫る前代未聞の試み
として、誰かが見た夢の中に出てきたものを、
作者がイラストにした本です。
人の夢の話はつまらない、という話はよく聞きますが
絵として書かれると、こんな発想はなかったとおもしろく感じました。
どれもほんの数行、ものによっては一文で終わる詩集です。
文と文の間の空白や、映像にはできない言葉の使い方が
不穏で、静かで、部分的にくっきりしていて、
自分でもこんな夢をみたような気分になりました。
くり返し、何か崩れていく。「こんなふうに崩れるのだ」と納得している
実感だけがあって、見えるものもない。具体的な手ざわりは流れ去って
消えてしまっている。(崩れる)
大分後で、吉田悠軌の「一行怪談」を読み、
共通する雰囲気があると思いました。とはいえこの本の作品は、
詩ではなく物語である。
物語の中でも怪談に近い。
と定義されているのでまた違うものなのですが。