「光の99,965%を吸収する物質」というものを、ネットで見かけました。
ペンタブラックと名づけられたそれは、ほとんど光を反射しないので、
物があるというよりも、
ただ切り取られた暗闇があるようでした。
それがとても印象に残ったので、
今日は「くらやみ」について書かれた本を紹介します。
その場所でいちばんすごいのは、
そこがこれ以上暗くはなれないというくらい真っ暗だっていうことなの。
灯りを消すと、暗闇が手でそのまま掴めちゃえそうなくらい真っ暗なの。
そしてその暗闇の中に1人でいるとね、自分の体がだんだんほどけて、
消えてなくなっていくみたいな感じがするわけ。だけど真っ暗だから、
自分ではそれが見えない。身体がまだあるのか、もうないのか、
それもわからない。でもね、たとえぜんぶ身体が消えちゃったとしても、
私はちゃんとそこに残ってるわけ。チェシャ猫が消えても、笑いが残る
みたいに。
この本は、肖像画を描いている主人公と
その周りでおきる奇妙な出来事を書いています。
これまで書かれた小説の、いろんな要素が入っているので
何年かしたあとに、第3部が書かれていてもおかしくないと思います。
(「ねじまき鳥クロニクル」がそうだったように)
村上春樹が書く小説には、あちこちに「闇」が出てきます。
「ねじまき鳥クロニクル」の中では、古い井戸の中。
光のさしこまない地下洞と、そこで生きる生物「やみくろ」。
また、人の心の中の闇、自分でも認識していない部分。
それは恐怖であり、安らぎであり、自分を変えるものでもあります。
変わるのは、世界のほうかもしれませんが。
目が慣れる、ということがないほどの暗闇で
行われるイベントもあるようです。
その「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の参加者は、
会場の中をアテンダントに案内されて動きます。
そこでは「とてつもなく面白い体験」が待っているそうですが、
ここではそれを
「暗闇のソーシャルエンターテインメント」と、表現していました。
視覚による情報処理ができない分、それ以外の感覚が活発化して、
とてもリラックスした気分になるそうです。
暗闇を母親の胎内、「マザー」的なものを想起させる、と
書いていました。
温かく、暗く、絶対的に守られている空間であるから安心できるのだと。
誘導してくれるスタッフは目が見えない、視覚障害者であるので
暗闇には慣れたもの。
その、アテンドスタッフとの 対談では、
見ることはイコールで触れることであったり、
目の見えない人の見る夢についてなど、
世界の認識のしかたなども書いてあり、興味深かったです。
同じものであっても、認識の仕方は様々・・・と言うと、
当たり前のことなのですが、実感がわいてきた気がしました。